令和6年2月15日に迫った逮捕状・起訴状などの被害者情報匿名化!弁護士が内容や影響を詳しく解説します。
1 法改正の中身
これまで、性犯罪の被害者情報は、逮捕状や起訴状にお名前が書かれており、それが被告人にそのまま送付されてしまうので、被告人にお名前を知られるのが避けられない状況でした。被害者からすれば、有罪を求める上で、犯人に自分の名前を告げなければならないような状況になっていたのです。
それを避けるために、刑事訴訟法が改正され、令和6年2月15日から、性犯罪の被害者を特定できる情報について、逮捕状・勾留状・起訴状から一部削除した上で、被告人に渡すことができるようになりました。これにより、被害者のお名前などの個人情報を知られずに済むようになります。
2 条文
逮捕状・勾留状・起訴状のそれぞれのルールが改正されたのですが、ここでは、その代表例となる起訴状を取り上げて説明します。起訴状について、刑事訴訟法271条の2という条文が新設されました。
長文になりますが、あとで詳しく解説しますので、一旦無視して次の項目まで読み進めてもらって大丈夫です。
第二百七十一条の二 検察官は、起訴状に記載された次に掲げる者の個人特定事項について、必要と認めるときは、裁判所に対し、前条第一項の規定による起訴状の謄本の送達により当該個人特定事項が被告人に知られないようにするための措置をとることを求めることができる。
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3 要件・効果
一定の性犯罪について、検察官から逮捕状などの請求時や起訴状提出時において匿名化の請求をすること、及びその情報を削ったコピー(起訴状抄本)を提出することが必要になります。その手続きを経なければ、被告人に被害者の名前などが知られることになります。
この手続きを経ることで、被告人に、情報が秘匿されたコピーが送達されることになり、被害者などの情報が秘匿されることになります。
4 どのような情報が秘匿されるの?
被害者などの「個人特定事項」が秘匿されます。被害者以外にも、名誉や平穏な生活が侵害される可能性が高い人も含まれるところですが、基本的には被害者のみを想定した規定だと思っていただくのがよいでしょう。
また、対象となる個人特定情報というのは、「氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項」のことを指しますが、これは、基本的には名前とご住所が秘匿されると思っていただいてよいでしょう。
5 対象となる犯罪
さまざまな犯罪が対象になります。以下、表で示します。
条項 | 罪名 |
刑法176条 | 不同意わいせつ |
刑法177条 | 不同意性交等 |
刑法179条 | 監護者わいせつ及び監護者性交等 |
不同意わいせつ等致死傷 | |
刑法182条 | 16歳未満の者に対する面会要求等 |
刑法225条(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る) | わいせつ・結婚目的略取及び誘拐 |
刑法226条の2第3項(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る) | わいせつ・結婚目的人身購入 |
刑法227条1項(わいせつ・結婚目的の場合の幇助に限る) | 被略取者引渡し等(わいせつ・結婚目的略取・誘拐・人身購入の幇助目的に限る) |
刑法227条3項(わいせつ目的にかかる部分に限る) | わいせつ目的被略取者等引渡し等 |
刑法241条1項 | 強盗・不同意性交等 |
刑法241条3項 | 強盗・不同意性交等致死 |
児童福祉法60条1項 | 児童淫行罪 |
児童福祉法34条1項9号にかかる60条2項 | 児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、これを自己の支配下に置く行為の禁止 |
児ポ法4条 | 児童買春 |
児ポ法5条 | 児童買春周旋 |
児ポ法6条 | 児童買春勧誘 |
児ポ法7条 | 児童ポルノ所持、提供等 |
児ポ法8条 | 児童買春等目的人身売買等 |
性的姿態撮影処罰法2条 | 性的姿態等撮影 |
性的姿態撮影処罰法3条 | 性的影像記録提供等 |
性的姿態撮影処罰法4条 | 性的影像記録保管 |
性的姿態撮影処罰法5条 | 性的姿態等影像送信 |
性的姿態撮影処罰法6条 | 性的姿態等影像記録 |
その他、知られると被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれのある事件 | – |
その他、知られると被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれのある事件 | – |
6 どのような影響が?
まず考えられるのは、被害者側の泣き寝入り事案が減少するということです。これまでは、加害者側に自分の情報を知られることを避けるために、あえて警察に連絡できなかった人が一定割合で存在しました。しかしながら、そのような方も、加害者に自分の情報を知られないということであれば、警察に相談しやすくなるといえるでしょう。
また、犯人側にとって大きな影響として考えられるのが、示談しにくくなるということです。
とくに大きな影響があると思われるのが、①見ず知らずの人に対する犯行で、②逮捕されず、③正式な裁判を行わず、罰金で終わらせるような、比較的軽微な事件という3つの要素が重なった案件の示談交渉です。
具体的には、電車内などの公共の施設での盗撮や痴漢などの案件です。このような事件では、これまでは、起訴された段階で交付される起訴状によって、犯人は被害者のことを知ることができました。一方で、不起訴になれば、被害者の情報を知らないままになっていました。そのようなシステムとなっている関係もあり、被害者側にとっては、示談をして不起訴にすることで、自分の情報を犯人に伝えることを防止できるというメリットがありました。
そのため、示談に応じてくれる被害者が一定数いました。しかしながら、今後は、起訴状を通じて犯人側が性被害者の情報を知ることはなくなり、「自分の情報を秘匿したい」という理由で示談に応じる意味がなくなったといえます。
結論としては、痴漢や盗撮での示談は、これまでより難しくなるといえるでしょう。
7 いつから適用される?
この改正は、令和6年2月15日から適用されます。その日よりも前の犯罪には適用されないというわけではなく、この日から運用が一新されることになります。
そのため、起訴されるタイミングが令和6年2月になりそうな方も、ぜひ注意していただければと思います。
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