娘への強姦事件の無罪判決について
目次
1.事件の概要と背景
平成31年3月に、名古屋地方裁判所で出された、実の娘への強姦事件に対する無罪判決が、マスコミや世論から強く批判されているようです。本事件で、裁判所は次のような酷い性的虐待があったことを事実認定しています。
・実の娘が中学生の頃から、性的行為を行っていたこと。
・娘はそれを嫌がっていたが抵抗できなかったこと。
・当時の娘の専門学校の学費を親が負担しており、それに対しても娘は負担を感じていたこと。
・本件事件のときに19歳となっていた娘に、性行為を行っていたこと。
・その性行為に対して、娘は同意していなかったこと。
父親による、娘に対するここまで酷い行為があったことを認めながらも、裁判所は本件が強姦罪に当たらないとしたのです。そして、多くの法律家は、この結論がやむを得ないと感じているのも事実です。
何故、法律によるとこのような非常識な結論がとられることになるのかを、解説してみたいと思います。
2.強姦の罪とは?
強姦罪というのは、現在の正式名称は、強制性交罪ということになります。条文は以下の通りです。
刑法第177条(強制性交等)
十三歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いて性交,肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は,強制性交等の罪とし,五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し,性交等をした者も,同様とする。
こちらを読んで貰えると分かりますが、この犯罪が成立するには、「暴行」や「脅迫」と言える行為が必要とされています。本件の場合、19歳の娘は、父親に逆らえなかったので嫌々性交に応じたようです。つまり、娘の方には同意はありませんでしたが、その一方、父親としてはそのとき別に暴力も脅しも使う必要がなかったのでしょう。そして、犯行のときに「暴行」や「脅迫」を用いていないとすると、強制性交罪は成立しないことになるのです。
3.その場で暴行脅迫がないだけで、無罪はおかしい!
しかし、暴行と脅迫がないと、同意ない性行為が無罪になるのはおかしいですよね。そこで、刑法には次のような条文もあります。
刑法第178条第2項(準強制性交等)
人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,性交等をした者は,前条の例による。
たとえば、酔っぱらっていたり、寝ぼけているようなときに、これがチャンスとばかりに性行為をしたら、当然強姦罪になるという規定です。ある意味、当然の規定だと思われます。それなら、本件の場合も、この規定によって父親を有罪とできないでしょうか?
検察官は、有罪にできるし、すべきであるとして、この条文を用いて父親を起訴しています。
考えてみますと、被害者は中学生のころから何度も暴力等を受け、さらに性交までも強制されていたわけです。父親に対する恐怖が心身にしみついていてもおかしくありません。19歳になった当時でも、父親のすることに逆らうことはできなかったということは、当然に考えられることです。つまり父親は、娘のそんな抵抗できない状況(条文にいうところの「抗拒不能」)を利用して、本件性行為を行ったといえそうです。一般の人の常識からすれば、これだけの事情があれば、十分に有罪にして問題ないと考えるのが当然でしょうね。しかし、裁判所はこの考えを取りませんでしたし、相当数の法律家が裁判所の判断を支持しています。一部のマスコミのように、単に「裁判官がおかしい。」と非難するだけではなく、その理由を考える必要がありそうです。
4.なぜ強姦が認められないのか
もともと刑法というのは、厳しく解釈されることになっています。処罰の範囲がいつの間にか広がってしまうと、国家としては、後から理屈をつけて国民を処罰することが出来てしまいます。国民は何が罰となる行為かわからないことなりますので、自由な活動が出来なくなるということが理由となっています。
これまでのところ、先ほどの準強制わいせつ罪について、子供の頃から虐待されていたことが、条文に言うところの「抗拒不能」にあたるとはされていませんでした。もしそういう解釈が可能になるなら、「上司が部下の女性を無理やりホテルに誘った場合にも強姦となるのか?」「普段上司がパワハラで、部下を委縮させていた場合はどうか?」などの難しい問題が出てきてしまいます。
もちろん、子供への虐待の場合は、会社とは違って考えるべきということは間違いありません。だからこそ、13歳未満の子供への性行為は、被害者本人が何と言い、何と考えていようとも強姦罪として処罰されます。さらに、18歳未満の被害者に対する保護者からの性行為も、やはり強姦とは違い、「暴行」「脅迫」「抗拒不能」などと言う要件なしに、処罰されることが児童福祉法という法律で定められています。
逆に言えば、本件のように被害者が19歳の事案で、父親を処罰するとしたなら、事実上児童福祉法で、特に被害者として定められた「18歳未満の児童」という要件を無視することにもなってしまいます。このように、処罰範囲を拡張する判断は、法律家としてはどうしても躊躇するところです。
5.まとめ
色々と理屈を述べてきましたが、本件で父親が処罰されないという結論に納得いかないのは私も同じです。私は、本件では裁判所は有罪と判断すべきだったと考えます。
その一方、刑法の条文は厳しく解釈した方が、長い目で見たときには国民の利益になるのだという裁判所の根本思想についても、法律家でない一般の人達に理解してもらえれば嬉しく思います。
(文責:大山 滋郎 令和元年7月5日)
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