痴漢犯人への足掛け行為について

目次

1.事件の概要と背景

2.暴行罪とは?

3.逮捕行為とは?

4.まとめ

 

1.事件の概要と背景

 2019年5月28日、痴漢行為を行って駅のホーム上を逃走している犯人が、同ホーム上にいた男性に足を掛けられて転倒した後、痴漢(今回のケースでは刑法上の強制わいせつ罪)を認めて逮捕されたという事件が起こりました。この犯人は、被害者である女性(高校生と言われている)に対して1か月以上痴漢行為を繰り返した挙句、この日、意を決して大声で「逃げるな」と叫び追いかけた被害者の女性から走って逃げていたと言われています。
 1か月も痴漢行為に耐え続けていた被害者の女性の気持ちを思うと非常に心が痛む一方で、このように叫んで助けを求めていた女性に加勢したのが、犯人に足を掛けた男性1人だというのもどこかやるせないものがあります。この男性のおかげで被害者の女性が救われた部分もあるかと思います。
 この男性に賞賛の声が挙がる一方で、むしろこの男性に「痴漢を行った犯人への暴行罪」が成立するのではないかという指摘もあるようです。心情としてはこのような指摘の声に対しては疑問を覚えてしまいますが、法的には的を得た指摘でもあると言えます。
 結論からいうとこの男性が暴行罪により罰せられる可能性は極めて低いと考えられますが、その理由について、少し考えていければと思います。

 

2.暴行罪とは?

 暴行罪とは、他人に対して物理的な力を加えることをいい、いわゆる暴力行為を行うことです。刑法では以下のとおり定められており、罰金が科されることもあります。

 

(暴行)

(第二百八条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 

 今回の男性も、痴漢の犯人に向かって足を掛けることにより物理的な力を加え、暴力行為を行っていると考えられます。
ですので、この意味だと、この男性には暴行罪が成立してしまうように思えます。
(なお、今回の件で痴漢の犯人が怪我を負った場合は暴行罪ではなく傷害罪が成立することになりますが、今回は紙幅の関係上説明は省略させていただきます。)
 また、今回の男性の行為は、痴漢の犯人を逮捕することを手助けする意味で行われていると考えられますので、暴行罪に加えて逮捕罪の問題も生じてきます。

 

(逮捕及び監禁)

第二百二十条 不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

 

 では、なぜ今回のケースでは、男性は暴行罪や逮捕罪により罰せられていないのでしょうか?

 

3.逮捕行為とは?

 「逮捕」という言葉は、皆様も馴染みが深いものと思います。逮捕というと、警察が犯人を確保するというイメージが強いですね。
 ただこの「逮捕」は、実は警察以外の一般人でも行うことができます(ただし現行犯の場合に限られます)。刑事訴訟法には以下のような規定があります。

 

(現行犯逮捕)

第二百十三条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。

 

 これによると、今回の男性の行為は、痴漢の犯人が現行犯人であった場合には、現行犯逮捕行為として正当化され、適法ということになります。
ちなみに、刑法では、「正当行為」については違法性がなく、処罰されないという規定がしっかり定められております。

 

(正当行為)

第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

 

 では、どうして今回の痴漢の犯人が「現行犯」だったといえるのでしょうか?この点について、刑事訴訟法は以下のような定めを置いています。

 

(現行犯人)

第二百十二条 現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。

2 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。

 一 犯人として追呼されているとき。

 二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。

 三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。

 四 誰何されて逃走しようとするとき。

 

 今回のケースの痴漢の犯人は、被害者である女性から「待て、逃げるな!」という趣旨の発言をされると共に追いかけられていたと言われています。そうすると、この刑事訴訟法二百十二条の2の四の「誰何(呼びかけられて)されて逃走しようと」しているという条文にあてはまる可能性が高いと言えます。それで、この痴漢の犯人が「現行犯」であるといえるのです。

 

4.まとめ

 小難しい説明がだいぶ長くなってしまいましたが、結論として、今回の男性には「痴漢の犯人に対する暴行罪(又は逮捕罪)が成立はするように見えるが、現行犯人の逮捕行為の一環という正当行為として行われているため、何らの犯罪も成立しない可能性が高い」というものになります。
 刑法や刑事訴訟法では、今回のように勇気ある男性の行為を処罰しないように細やかな規定をしっかり置いているのですね。
 人に暴力を振るうこと自体は当然許されるものではありませんが、今回のように痴漢の現行犯人を逮捕するためにやむを得ない限度であれば、適法となるということがわかりました。
 もちろん現行犯人逮捕の場合であっても、行き過ぎた暴力行為は処罰されます。
 しかし、今回の痴漢現行犯人を逮捕した男性のように、咄嗟の場合に被害者の女性を助ける行動をとることは、賞賛されて然るべきではないでしょうか。

(文責:佐山洸二郎 令和元年6月10日)

 

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