勾留の話
私は刑事弁護を多く手がけていますので、 勾留されている被疑者の起訴前弁護も良く依頼されます。
例えば、夫が痴漢や傷害で逮捕された奥さんなどからの 依頼が十数件ありました。 弁護士なら誰でも知っているとおり、 勾留が認められるには、勾留の理由が必要です。 住居不定、罪証隠滅の恐れ、 逃亡の恐れの3つの理由が法律で規定されています。 ところが、現実の運用ということになりますと、 この規定は99%無視されているんですね。 一流企業に勤めていて、家族のある男性が、 たまたま電車で近くにいた女性に痴漢をした場合でも、 なぜか罪証隠滅の恐れあり、逃亡の恐れありということで、 勾留されてしまいます。 ここまでは、特に異論の無い現状認識だと信じます。
問題は、何故そのような法律無視の運用が なされているのかという理由と、そういう中で 弁護士としてどの様な対応をするのかという点です。 法律無視の運用がされている理由として、 権力は悪であり、国民を苦しめ人権侵害をすることを 目的にしているからだ、という説があります。 裁判官や検察官も、悪の権力に取り込まれ、 魂を売ってしまい、このような人権侵害行為に 加担するようになるそうです。 権力が、そういう悪いことをすることによって、 どういうメリットがあるのかは不明です。 一般の人には冗談に思えるかもしれませんが、 恐らくこれが弁護士の多数説です。
これに対して、私の考えは違います。 大多数の一般市民は、逮捕勾留について、 ①悪い人を懲らしめるため、②閉じ込めて、 これ以上悪いことをさせないため、 ③警察がしっかりと取り調べるため、 のものだと考えています。 これは、新聞などの論調や、私自身が一般の人と 話した経験からまず間違いないものと思います。 つまり、一般市民の考えと、法律の規定の間に、 非常に大きな開きがあるのが現状です。 その開きを、法律の運用ということで埋めているのが、 検察官、裁判官だと考えます。 世論の後押しを無意識にでも感じているからこそ、 明らかな法律違反でも平気で行えるのだと思います。
さあ、それならどうすれば良いでしょうか、 というのが次の問題です。 現在多くの弁護士によって採られている対応は、 勾留に対して準抗告や勾留理由開示をして、 その違法性、不当性を争うというものです。 残念ながら、ほとんどの場合、 成功しているとは言えないと思います。
私は、違法な実務の運用がここまで固まった以上、 それを是正するには立法によるしかないと思います。 国民の世論を味方につけて、勾留を取り調べのためや、 懲らしめのために使ってはいけないのだと 明確に規定しない限り、 この問題は解決しないと思うのです。
しかし、そのためには、普段は「人権」のことなんて 考えていない一般市民の人たちに、 一から説明する必要があります。 自分達弁護士の考えが、 市民から支持されていなかったのだという現実に向き合い、 それを乗り越える必要があります。 そんな大変なことをするよりも、「国民は被害者。 悪いのは権力者。僕らは弁護士正義の味方!」 という夢を見ながら昼寝をしていたいというのが、 弁護士業界の現状ではないでしょうか。
ちなみに私の場合、痴漢や傷害などで勾留されている 被疑者や家族には、勾留の規定と現実の運用について 説明した後、何とか被害者にお詫びし、 損賠賠償を受けていただき、許してもらうことで、 早く釈放してもらう方向を提案します。 「自分の娘が被害者だとしたら、 犯人を閉じ込めておいて欲しい。」と言うはずです。 法律がどうであれ、被害者に許してもらうことで、 早く出して貰えるようお願いします」というのが、 大多数のお客様の声でした。
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