判例 -日本郵便(期間雇用社員ら・雇止め)事件最高裁判決-
「最高裁判所平成30年9月14日判決」
第1 事案の概要
本件は、日本郵便との間で期間の定めのある雇用契約を締結して就労し、その後雇止めされた者が、雇止めが解雇権濫用法理類推適用により無効であることと、当該雇止めが雇用継続に対する合理的期待を違法に侵害し、精神的損害を与えたとして不法行為損害賠償請求を求めた事案である。
第2 争点と結論
1 基本的な争点
① 旧公社の労働条件を引き継ぐといえるか(上限規定は不利益変更か)
② 期間雇用社員の期間更新に年齢による上限を設けることが適法となる要件
③ 本件の労働が雇止め時点において実質的に無期労働契約と同視し得る状態にあったか
④ 上限条項に基づく更新拒否は雇止めの問題か、別の契約終了事由か
2 結論
論点 | 控訴審 | 最高裁 |
---|---|---|
① | 〇 | × |
② | 本件上限条項の制定により,一定の年齢に達したことのみを理由に雇止めをされることはないという事実上の期待を失うにすぎず,被上告人が期間雇用社員について一定の年齢以降の契約更新を行わないこととすることには,必要性と合理性がある。 本件上限条項は,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律に抵触せず,高齢再雇用社員との均衡も取れている。 さらに,各労働組合との間で本件上限条項と同内容の労働協約が締結されていること等を踏まえると,本件上限条項によって旧公社当時の労働条件を変更する合理性が認められる。 そして,本件規則を周知させる手続も実施されている。 | 本件上限条項は,期間雇用社員が屋外業務等に従事しており,高齢の期間雇用社員について契約更新を重ねた場合に事故等が懸念されること等を考慮して定められたものであるところ,高齢の期間雇用社員について,屋外業務等に対する適性が加齢により逓減し得ることを前提に,その雇用管理の方法を定めることが不合理であるということはできず,被上告人の事業規模等に照らしても,加齢による影響の有無や程度を労働者ごとに検討して有期労働契約の更新の可否を個別に判断するのではなく,一定の年齢に達した場合には契約を更新しない旨をあらかじめ就業規則に定めておくことには相応の合理性がある。 そして,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律は,定年を定める場合には60歳を下回ることができないとした上で,65歳までの雇用を確保する措置を講ずべきことを事業主に義務付けているが(8条,9条1項),本件上限条項の内容は,同法に抵触するものではない。 本件規則が記載された冊子は,旧公社又は被上告人の各事業場の職員が自由に閲覧することができる状態で備え置かれていたというのであるから,本件規則については,本件上限条項を含め,その内容をその適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続がとられていたということができる。 |
③ | 〇 | × |
④ | 〇 | × |
〔関連条文〕
労働契約法7条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者
に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約
において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する
場合を除き、この限りでない。
同法9条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業
規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合
等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労
働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が
就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除
き、この限りでない。
同法19条(当時は未施行)
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契
約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使
用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使
用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契
約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働
者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると
認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することに
ついて合理的な理由があるものであると認められること。
第3 ポイント
1 非常勤公務員が民営化により有期労働契約によって引き続き雇用された場合、更新に対する合理的期待は公務員関係の
時期を通算して考えるのが妥当か
過去の裁判例では肯定例が多かった(広島高岡山支判平成23年2月17日労判1026号94頁など)。その方向に裁判官も肯定的であった(佐々木宗啓ほか『類型別労働関係訴訟の実務』299頁〔遠藤東路〕)。
しかしながら、本件では、雇い主の法的性格・従業員の法的地位の差、非常勤職員について郵政民営化法の対象外とされ退職させられていることから、引き継ぎはないとしている。
なお、最高裁も、全く従前の労働条件に配慮していないわけではなく「期間雇用社員の労働条件を定めるに当たり,旧公社当時における労働条件に配慮すべきであったとしても,被上告人は,本件上限条項の適用開始を3年6か月猶予することにより,旧公社当時から引き続き郵便関連業務に従事する期間雇用社員に対して相応の配慮をしたものとみることができる。」という形で言及している。
2 合理性の判断方法
これは、控訴審は、不利益変更の形(11条)で審理し、最高裁は単なる就業規則の周知(7条)で審理していることから差があるようにも思えるが、実質的な審理内容・基準に大きな差はないと思われ、結局、(60歳以上であれば)年齢による上限を肯定する方向で判断している。
3 無期と同視できるかの判断
最高裁は、「上告人らと被上告人との間の各有期労働契約は6回から9回更新されているが,上記のとおり,本件上限条項の定める労働条件が労働契約の内容になっており,上告人らは,本件各雇止めの時点において,いずれも満65歳に達していたのであるから,本件各有期労働契約は,更新されることなく期間満了によって終了することが予定されたものであったというべきである。これらの事情に照らせば,上告人らと被上告人との間の各有期労働契約は,本件各雇止めの時点において,実質的に無期労働契約と同視し得る状態にあったということはできない。」と判断しており、一番のポイントは、年齢の上限を意識できる状況だったのかということをどれほど重視するのかというところといえる。
4 雇止めと別の終了事由か
これは、地裁・高裁は、雇止めとは別の法理を用いて、なんとか契約終了という結論を肯定しようとしていた。
しかしながら、最高裁は、別の理屈を使うことに批判もあり(篠原信貴「判例批評」ジュリスト1492号227頁)、単に、現行の労働契約法19条1項本文の合理性相当性の処理で統一したものと思われる。
第4 まとめ
本件は、地裁から一貫して、定年類似の雇止めをどのような理屈で肯定するかを考えたものであるといえる。
本件の最高裁判決は、公社の民営化という特殊事情はあるものの、非正規社員の定年近くの期間雇用において参考となる事例判断を示す重要なものであるといえ、とりわけ更新の上限の合理性の判断は、中小企業にとっても参考になるものといえる。
(平成30年9月26日発行 文責:杉浦智彦)