判例 -給与約75%減の再雇用条件を提示することの適法性-
「福岡高等裁判所平成29年9月7日判決(労判1167号49頁)」(九州惣菜事件)
はじめに
今回は、従業員が定年を迎えた後、再雇用の際に給与を約75%減額する条件を提示することが適法かどうかという点についての判断を示した裁判例をご紹介させていただきます。
結論として、福岡高等裁判所は、再雇用の際に給与を約75%減額する条件を提示することは違法であると判断しています。
もちろん、このような条件の提示があらゆる場合に違法であると判断しているわけではなく、あくまで本裁判例の具体的事情(条件が提示された経緯や、交渉の内容等)を前提とした上での判断となっています。もっとも、経営者の方からすれば、定年と再雇用の話は避けて通れないものだと思います。その際の判断の一助としていただければ幸いです。
それでは、裁判例をご紹介させていただきます。
第1 事案の概要
従業員X(原告、控訴人)が、Y社(被告、被控訴人)に雇用され定年に達した。その後Y社がXを再雇用するにあたって給与を約75%減額する条件を提示したが、Xがそれを承諾しなかったため、両者の間で再雇用契約は交わされなかった。
すると、Xが、Y社に対し、下記の請求をする訴訟を提起した。
1 主位的請求
定年後もXとY社との間の雇用契約関係が存在し、その賃金について定年前賃金の8割とする黙示的合意が成立している。
2 予備的請求
Y社が、再雇用条件として、著しく低廉な賃金の提示しか行わなかったことは、Xの再雇用の機会を侵害する不法行為を構成する。
第2 福岡地方裁判所小倉支部(第一審)の判断
1 主位的請求について
棄却(黙示的合意は不成立)
2 予備的請求について
棄却(不法行為は不成立)
第3 福岡高等裁判所の判断(確定判決)
1 結論
⑴ 主位的請求について
棄却(黙示的合意は不成立)
⑵ 予備的請求について(第一審の判断を変更)
Y社に不法行為が成立し、Xへの100万円の慰謝料支払義務がある
2 判旨の要約抜粋
⑴ 主位的請求について
ア 具体的な労働条件を内容とする定年後の労働契約につき明示的な合意は成立していない。
∵ Xは定年後の再雇用を希望したが、Y社が提示した再雇用の労働条件を応諾していない。
条件を応諾していない。
イ 以下のように労働条件の根幹に関わる点について合意がなく、今後合意が成立する見込みがあると認めること
も出来ない場合においては、黙示的な合意も成立していない。
∵ ① 就業規則は、基本給や職能給は、能力・技能・作業内容・学識・経験等を勘案して、各人ごとに決定
する等としか定めておらず、これにより賃金等のXの労働条件が自ら定まることはない。
② 高年齢者雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度は、再雇用後の労働条件が定年前と同一であること
を要求しているとは解されない。
③ Xがその労働条件の決定を、就業規則の範囲内であれ、人事権・労務指揮権を有するY社に全面的に
委ねる意思を有していたと解することはできない。
④ 交渉経緯等に照らし、フルタイムかパートタイムか及び賃金の額を当事者の合理的意思解釈により決
定することは困難。
⑵ 予備的請求について
※ 前提問題として、本判決は、XとY社との間で再雇用契約は交わされていないこと等から、労働契約法20条
違反は否定している。
ア 規範部分
(a) 高年齢者雇用安定法9条1項2号に基づく継続雇用制度の下において、事業主が提示する労働条件の
決定は、原則として事業主の合理的裁量に委ねられている。
(b) 高年齢者雇用安定法の趣旨に反する事業主の行為、例えば、再雇用について、極めて不合理であっ
て、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れがたいような労働条件を提示す
る行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に反した違法性を有するものであり、事業主の負う高年齢者雇
用確保措置を講じる義務の反射的効果として65歳まで安定的雇用を享受できるという法的保護に値
する利益を侵害する不法行為となり得る。
(c) そしてその判断基準について、高年齢者雇用安定法9条1項2号の継続雇用制度は、高年齢者の65
歳までの「安定した」雇用を確保するための措置の一つであり、「当該定年の引き上げ」(同1号)
や「当該定年の定めの廃止」(同3号)に準じる程度に、当該定年の前後における労働条件の継続
性・連続性が一定程度確保されることが前提ないし原則である。
(d) 例外的に、定年退職前のものと継続性・連続性に欠ける(あるいはそれが乏しい)労働条件の提示が
継続雇用制度の下で許容されるためには、同提示を正当化する合理的な理由が存することが必要。
イ 本件についての判断
(a) まず、給料が約75%減額されるという労働条件は、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一
定程度確保するものとは到底いえない(※上記ア(c)の部分)。
(b) そうすると、給料が約75%減額されるという労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるため
には、そのような大幅な賃金の減少を正当化する合理的な理由が必要である(※上記ア(e)の部
分)。
しかし、本件ではそのような合理的な理由がない。
すなわち、①再雇用条件の内容においてXの担当業務の量が大幅に減ったとはいえず、②Y社の店舗
減少の実績はXの定年退職の前後を通じて1割弱にとどまっており、③Xの担当業務を限定すること
に必然性はなく、④Xの再雇用においてXの担当する業務量をフルタイム稼働に見合う程度にしてお
くことも可能だったのであり、⑤Xの賃金が年功序列的な賃金体系によって担当業務に比して高額に
なっていたというのであればY社においてこれを予め是正するなどしてXに過大な期待を抱かせるこ
とのないように何らかの方策を執ることが可能であり、また望ましかった。
(c) したがって、Y社が、給料約75%減の労働条件の提案をしてそれに終始したことは、継続雇用制度
の趣旨に反し、裁量権を逸脱又は濫用したものであり、違法性があり、Xに対する不法行為が成立す
る。
よって、Y社は、Xに対して、100万円の慰謝料の支払義務がある。
(平成30年8月7日発行 文責:佐山洸二郎)