医師、公務員など資格を失いたくない方へ
前科があるとはどういうことか
「前科がある」ということは、刑事事件で「有罪判決により刑を言い渡されたことがある」ということです。逮捕や勾留されただけでは前科は付きません。あくまでも、裁判所での判決があってはじめて前科が付くことになります。
刑の種類には、死刑・懲役・禁錮・拘留・罰金・科料・没収があり、これらを受けた場合に「前科がある」ということになります。執行猶予付きの判決や、略式起訴で罰金刑を受けた場合(スピード違反で罰金刑になった等)も、前科ありとなります。
前科が付いていることは他人に知られてしまうのか
前科が付いても、戸籍などに載ることはありません。現在は個人情報の取り扱いが厳しく規制されているので、前科が付いても簡単に他人に知られることはありません。
過去の前科が職場に発覚してしまうパターンとして、①捜査機関など前科照会が可能な業種の場合、②その事件について報道がされている場合、③関係者がその会社にいる場合、④自主的に会社に報告する場合があります。
また、就職や海外転勤、資格取得の際に前科がないことの証明書を要求されることがあります。ただ、それを拒否することができたとしても、事実上「前科がある」と認めているようなものです。
前科が付くと、一生付いて回るのか
捜査機関の犯歴の記録上では、前科が付いたという事実は消えません。その意味では、前科の事実は一生付いて回るということになり、次に捜査対象になった場合に、前科がある前提で捜査が進められることになります。ただし、刑法では「刑の消滅」という制度があり、前科に伴う法的効果ということですと、一定の期間が経てば消えることになります。
たとえば、犯罪人名簿への記載や選挙権の制限など前科に伴う一定の権利制限は、一定期間の経過でなくなります。
前科が付くと、海外に行けなくなるのか
懲役刑になると、パスポートの取得が出来なくなるなどの制限があります。その一方で、刑罰を受けたからといって、すでに取得済みのパスポートを没収されるわけではありません。
実際に海外旅行をされる際に問題となるのは、渡航先の国が、日本での前科をどのように考え、入国を認めるかどうかです。
渡航ビザを必要とする場合には、罪を犯していない証明を求められることがあります。この場合は前科があるとビザの取得が難しい場合も多く、ビザが取得できなければその国への渡航は難しいでしょう。
観光のため、ビザではなくESTAなどで入国しようとしても、前科があると、ESTAなどでの入国の対象外となり、ビザの取得が必要となるでしょう。仮に、前科について黙っていても、一定の犯罪の場合は他国に個人情報・犯歴が開示されることがあります。その場合は、入国が許されないこともあります。たとえば、アメリカとの関係では、「PCSC協定」と呼ばれる、指紋による犯歴情報の情報共有が行われており、黙って入国することはできないといえます。
前科がついてしまったら、資格や仕事はどうなるのか
国家資格には、前科を理由としてその資格を喪失する「欠格事由」が定められているものがあります。一定種類の刑罰を受けた場合や懲役以上の刑を受けた場合には、資格が喪失する場合もあり、職業によっては仕事を続けられなくなることもありえます。
なお、報道されていなくても、医師や看護師などの職業の場合は、「医道審議会」という、刑事罰を受けた際に処分をする厚生労働省の機関があり、前科がついたことが自動的に連絡される形になります。そのため、黙っていたとしても、資格を失うことがあります。
これから資格を必要とする職業に就職する場合の前科
職業や刑事事件の状況により、資格の受験時期や登録時期をずらすといった対応が必要になるケースがあります。また、就職の面談時に犯歴がないか確認された際に、前科がないと回答し、前科が後々発覚した場合、勤務先から解雇される可能性もあります。
職業別の影響例(順次掲載予定)
医師
【対象刑罰等】
罰金以上
【制限内容】
1. 免許を与えないことがある(医師法4条3号)
2. 免許を取消すことがある(同法7条2項3号)
3. 医業の停止(3年以内)をすることがある(同項2号)
保健師、助産師、看護師(準看護師)
【対象刑罰等】
1. 罰金以上
2. 保健師、助産師、看護師又は准看護師の業務に関し犯罪又は不正の行為があつた者
【制限内容】
1. 免許を与えないことがある(保険師助産師看護師法9条)
2. 免許の取消し又は3年以内の業務の停止の処分をすることができる(同法14条1項、2項)
薬剤師
【対象刑罰等】
1. 罰金以上
2. 薬事に関し犯罪又は不正の行為があつた者
【制限内容】
1. 免許を与えないことがある(薬剤師法5条)
2. 免許を取り消し又は3年以内の業務の停止の処分をすることができる(同法8条2項)
一般職の国家公務員(※人事院規則による例外あり)
【対象刑罰等】
1. 禁固刑以上
2. 人事院の人事官又は事務総長の職にあって、第百九条から第百十二条までに規定する罪を犯し刑に処せられた者
【制限内容】
1. 官職に就く能力を有しない(国家公務員法38条)
2. 失職(国家公務員法76条)
地方公務員(※都道府県条例により例外あり)
【対象刑罰等】
1. 禁固刑以上
2. 人事委員会又は公平委員会の委員の職にあって、地方公務員法に規定する罪を犯し刑に処せられた者
【制限内容】
1. 職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。(地方公務員法16条)
2. 失職(地方公務員法28条4項)
税理士
【対象刑罰等】
1. 国税若しくは地方税に関する法令又はこの法律の規定により禁錮以上の刑に処せられた者で、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過しない者
2. 国税若しくは地方税に関する法令若しくはこの法律の規定により罰金の刑に処せられた者又は国税通則法、関税法(昭和二十九年法律第六十一号)(とん税法(昭和三十二年法律第三十七号)及び特別とん税法(昭和三十二年法律第三十八号)において準用する場合を含む。)若しくは地方税法の規定により通告処分を受けた者で、それぞれその刑の執行を終わり、若しくは執行を受けることがなくなった日又はその通告の旨を履行した日から三年を経過しない者
3. 国税又は地方税に関する法令及びこの法律以外の法令の規定により禁錮以上の刑に処せられた者で、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から三年を経過しない者
【制限内容】
欠格事由(税理士法第4条4号、5号、6号)登録の取り消し(第26条4号)
司法書士
【対象刑罰等】
禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなってから三年を経過しない者
【制限内容】
欠格事由(司法書士法第5条1号)登録の取り消し(第15条1項4号)
一級建築士
【対象刑罰等】
1. 禁固以上
2. 建築士法違反
3. 建築物の建築に関する罪
【制限内容】
刑から5年以内の場合:免許を与えない(建築士法7条3項又は4項)
それ以外の場合:免許を与えないことがある(同法8条1項又は2項)※なお、同法9条(取消事由)も参照
執筆者情報
大山 滋郎Jiro Oyama
弁護士法人 横浜パートナー法律事務所 代表弁護士