副校長が女子トイレ盗撮をして軽犯罪法違反容疑で書類送検。迷惑行為防止条例違反じゃないの?
1 報道の内容
岩手県一関市教育委員会は2021年10月6日、市立学校の50代の男性副校長が市内量販店の女子トイレで盗撮をしたとして9月上旬に軽犯罪法違反容疑で書類送検されていたと発表しました。
具体的な容疑は、7月上旬に、トイレの個室のドアの下からスマートフォンで盗撮したという内容です。
2 トイレ盗撮の罪名
トイレの盗撮は、(建物に侵入したことについての建造物侵入などを除けば)原則として、迷惑行為防止条例で捜査されている場合と、軽犯罪法で捜査されている場合があります。
これらの罪名は、どのような理由で分けられているのでしょうか。
この理由を説明する上では、「迷惑行為防止条例」の歴史を紐解く必要があります。
3 歴史的には、「迷惑行為防止条例」が処罰対象としている盗撮(卑わいな言動)は、「公共の場所または乗物」における場合だけだった
全国の各都道府県において、いわゆる迷惑防止条例が制定されており、これに基づいて、痴漢行為や盗撮行為等が検挙・処罰されています。
しかしながら、この迷惑行為防止条例は、かつては「愚連隊防止条例」と呼ばれており、戦後の愚連隊の対策、売春行為等を規制し、公衆の安全を守ることを主眼において制定されたものでした。そして、当初の卑わいな言動を規制する趣旨は、「ぐれん隊による、都民および滞在者の法的安全の意識または風俗環境を阻害する行為を規制しようとするものである」とされていました(上村貞一「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例逐条解説」ジュリスト261号(1962年)37頁、38頁)。
そもそもが、愚連隊が公共の場所で変な行為をして環境悪化することを規制しようという趣旨でしたので、その当初の規制対象も「公共の場所または乗物」での卑わいな言動に限定されていました。
その後、愚連隊以外の行動も規制する必要が出てくるとともに、「卑わいな言動」の中身が時代によって変化し、盗撮や痴漢などは名指しで条例に入り込むように改正されていきました。
4 軽犯罪法の刑罰の軽さから近年の条例改正で、多くの都道府県はトイレ盗撮も条例違反に
しかしながら、盗撮犯が増加するにつれて、公衆の場所での盗撮と、トイレ等の盗撮で刑罰を分けることが望ましいのかという議論がなされました。
とくに、軽犯罪法違反の場合は、刑罰は、「拘留又は科料」しかありません。「拘留」というのは、1~30日の間、刑務所に拘束される刑罰です。「科料」というのは、1,000~9,999円の支払いを求められる刑罰です。いずれも、とても軽い刑罰です。
一方で、迷惑行為防止条例違反は、(地域や常習性などにも影響するのですが)神奈川県の場合は、単純な盗撮案件は「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」です。
公衆の場所の盗撮だったならば、懲役刑だったり、ある程度の罰金刑になるのに、それよりも悪質なトイレというプライベートな環境の盗撮が軽犯罪法違反にとどまることが、市民感覚に合わないということがあったようです。
そのため、一部の都道府県は、(公共の場所とはいえないが)トイレやお風呂などの盗撮も、迷惑行為防止条例の対象に含めたのでした。神奈川県も、トイレ盗撮は迷惑行為防止条例で処分されます。
5 岩手はまだ対象外なので、軽犯罪法が適用に
この報道の事件は、岩手県の事件でした。
岩手県は、まだトイレの盗撮は迷惑行為防止条例の対象外なので、軽犯罪法違反となりました。
このような経緯で、適用される刑罰が異なってくるのです。
執筆者情報
杉浦 智彦Tomohiko Sugiura
弁護士法人 横浜パートナー法律事務所 弁護士